IEに入学し、6ヶ月間のCore Period(必修)を終えると、カリキュラムの目玉である、5週間のLab Periodに突入します。
Lab Periodでは、Business Impact Lab, Startup Lab, Social Impact Lab, Internship, Tech Labの中から好きなものをひとつ選択し、自分の取り組みたい分野を実践で学ぶことができます。「Learning by Doing」が特徴で、実際の企業やNPO、あるいは自分たちの起業プロジェクトに取り組みます(それぞれのLabの紹介は、IE日本人サイトカリキュラム紹介ページへどうぞ)。
今回は、私が選択したStartup Labについて、カリキュラムや実体験を詳細にわたってまとめました。私のブログの中で歴代1位の長さの記事なので、さらっと流し読みをし、あとで気になるところをじっくり読まれることをオススメします笑。
0. Startup Lab(SUL)概要
SUL開始前
SULは、Lab Periodの1〜2ヶ月前からスタートします。なぜなら、参加要件として3人以上のチームを自分たちで作らないといけないからです(アイディアは何でもOK)。
はじめに、アイディアを持っている人が周囲の人に声をかけ、WhatsAppで呼びかけ、SUL用のWebサイト上でアイディアを紹介することで、Joinしてくれる仲間を探します。もちろん誰でも良いわけではなく、やりたいビジネスの地域、分野といった必要性と、仲の良さや同じクラスでよく知っているなどの人間関係が、チーム作りのポイントになってきます。
私は教育関係のプロジェクトを、自分のアイディアでやるか、他の人のアイディアにJoinするかで迷っていました(その当時はビジネスゲームのアイディアはまだなかった)。最終的にはインド教育プラットフォームのアイディアにJoinすることにしました。
カリキュラム全体
チームに一人メンターがつきます。こちらも候補者と何人か面談したのち、Bidで決まります。私たちのメンターは、ベネズエラ出身の教育関係の経験がある起業家になりました。
毎週金曜日にビジネスアイデアをピッチをし、投資家からの資金調達額(仮想通貨)で競いつつ(成績の50%)、アントレ関連の授業(残り50%)を受けていきます。
授業内容は、アントレ初心者(IEは必修で全員学んでいる前提)でも、ラボが終わったときには、一通り起業に必要な知識を実践で身につけた状態になります。
月曜日:Round Table
これは4〜5チームずつに分けられ、起業家や投資家が1人ファシリテーターとして参加します。各チームに15分時間が与えられ、悩みや課題をシェアし、学生たちがお互いにどんどんツッコミやフィードバックをしていく会です。
ここでは、他の人のPJを客観的に見ることで、自分たちのPJに活かしたり、投資家の目線を学ぶことができます。他の人へのツッコミが、そのまま自分たちに跳ね返ってくるので面白いです。言うのは簡単、やるのは難しい、まさにこれを体感できます。
火〜木:Mentor面談
回数や曜日関係なく、必要に応じてMentorと定期的にミーティングをしていきます。メンターに限らず、IEの起業エコシステムの中にいる人(起業家、投資家、教授など)は誰でもメール一本で会ってくれるので、必要な人にガンガンコンタクトをとってフィードバックをもらいます。彼らも面談だけでなく、どんどん知り合いを紹介してくれます。
金曜日:Pitch
毎週金曜日に、ピッチ+Q&A(5+5分)を行います。これは投資家として活躍している人たちに向けたピッチであり、仮想通貨を使って投資額がチームごとに配分されます。投資額がゼロのチームも当然あります(恐怖)。
点数とコメントが詳しくついたフィードバックがもらえるのですが、ピッチしたIdeaを「Perish / Pivot / Preserve」という欄があるように、毎週のようにゼロベースで新しいアイディアに取り組むチームも出てきます(大変です)。
それでは、カリキュラムをみていきましょう。スタートアップのフェーズに応じて、大きく4つに分けられています。
1. Ideaとプロダクト開発
まずは初期段階、顧客の問題を見つけ、アイディアを練り、プロダクトを開発していく部分です。リーンスタートアップの手法を学びながら、最初の一歩を学びます。
特に問題とアイディア部分は、Period1やPeriod2、SULが始まる前の事前講義でも叩き込まれます。
1-1. Lean Start-up & Customer Discovery
リーンスタートアップの手法を、体系的に学ぶ授業です。有用なフレームワークを実際に埋めながら、自分たちのプロジェクトを進めていきました。
目的は2つ
- Lean Start-upとCostumer Discoveryの理論・手法・ツールを学ぶこと
- 上記で学んだ内容を、自分たちのプロジェクトですぐさま使うこと
リーンスタートアップ
リーンスタートアップとは、コストをかけずに最低限の製品・サービス・機能を持った試作品を短期間でつくり、顧客の反応を的確に取得して、顧客がより満足できる製品・サービスを開発していくマネジメント手法になります。
カオナビ
なぜリーンなのか?という問いには、個人的にはStratupの失敗の最大の原因である「マーケットニーズがなかった」を避けるために、仮説・検証を繰り返すのだと理解しています。
Customer Development
リーンスタートアップの基本的な方法論を押さえたら、顧客とビジネスモデルを検証していく手法(Customer Development)を学びます。
ポイントがまとまったスライドがあったのでシェアします。
CPS
次は、CPS(Customer、 Problem、 Solution)の観点から、顧客にもたらすバリューについて、「バリュープロポジションキャンパス(VPC)」を用いながら学んでいきます。
これは、自社の製品やサービスが提供する価値と、顧客の課題・ニーズのずれを解消するためのフレームワークです。先ほどの、「ニーズがなかった」という失敗を避けるために使います。
カスタマーエクスペリエンス
CPSの、Customerについて掘り下げます。カスタマー(ペルソナ)を絞り込むだけでは不十分で、カスタマーの行動を詳しく分析することで、はじめて効果的な施策を取ることができるのです。そのためのフレームワークが、カスタマージャーニーマップです。
https://goodpatch.com/blog/customer-journey-map/
バリデーション
リーンの手法を用いて、仮説・検証を繰り返していきますが、どうやって検証していけば良いのでしょうか。ここは、Value hypothesis、Experiments、Interviews、Surveys、Prototype、MVPを用いながら、「仮説」を「検証」し、「具体化」していく方法を学びます。
バリデーションボードというフレームワークが便利です。
リーンキャンバス
ある程度バリデーションが進んできたら、ビジネスモデルについて検討しましょう。その際に有用なフレームワークが「リーンキャンバス」になります。ビジネスモデルキャンバスのスタートアップ版です。
ステークホルダーマップ
ビジネスは自社だけで成り立つわけでなく、多くのステークホルダーが関わっています。ステークホルダーマップを作成することで、スタッフ・顧客・パートナー企業・その他のさまざまなステークホルダーの役割を整理することができ、相関関係を分析できます。
この授業では、紹介した全てのフレームワークを埋めることが最終課題でした。フレームワークを完成させることで、必要な検討がモレなくできるという設計です。5つ紹介しましたので、実際に使ってみることをオススメします。
1-2. DESIGN THINKING
先ほどのリーンの授業では、リーンスタートアップの手法を学びました。ここでは、CREATING, PROTOTYPING & TESTING YOUR MVPという副題の通り、アイディアをいかに具体的なプロダクトに持っていくか、そしてどのようにMVPをテストしていくかという部分に特化して学びます。
言い換えると、問題は見つかった、顧客にアンケートやインタビューをした。じゃあ次は?という段階で、プロトタイプを作り、実世界でテストをし、一刻も早く最初の売上を立てることを目指します。
では、デザイン思考とはなんでしょうか。「人間(ユーザー)を中心に考え、ユーザーのニーズ、テクノロジーの実現可能性、ビジネスの継続可能性の3つが重なる部分を探す取り組み」のことです。
Design Thinkingの具体的な流れ
ProblemとSolutionに大きく分かれますが、もちろんProblemが重要なのは間違いありません(半年間の必修科目で叩き込まれます)。ここでは、問題を見つけた後のSolutionのフェーズを取り上げ、プロトタイプの作成と「Test→Measure→Learn→Preserve/Pivot→またTest」というプロセスを学びました。
Problem | Explore/Empathy ↓ Define ↓ Ideate |
Solution | ↓ Prototype 1. Test 2. Measure 3. Learn 4. Preserve/ Pivot (1. に戻る) |
プロトタイプである程度の可能性が見えたら、次に作るのはMVPになります。MVPとはMinimum Viable Productの略で、顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト、あるいは価値提供ができているかを確かめる手法のことです。その意味で、プロダクトだけでなく、動画やLanding Pageなども広義のMVPと捉えられますね。
MVPを利用することによって、限られた時間で顧客のニーズに基づく商品・サービスを構築し、仮説を検証することができるため、無駄なコストの削減にもつながります。MVPで注目すべきは、プロダクトが提供する価値であり、機能ではありません。また、プロトタイプ=実験なのに対して、MVP=実験+価値の提供という点で違いがあります。
さて、リーンスタートアップとデザインシンキングという2つの授業は、スタートアップの方法論を一気に学びます。これを学ぶことで、全てのスタートアップの関係者が持つ共通認識(≒言語)を身につけることができました。
次のフェーズでは、アイディアやプロダクトをもとに、どうやって拡大に向けて進めていくのかを学んでいきます。
2. スタートアップ基礎知識
スタートアップが押さえておくべき3つの重要ポイントを学びます。PDCA、Technology、そしてPitchです。順番に見ていきましょう。
2-1. ANALYTICS FOR CREATORS
授業の目的は、スタートアップが適切な指標(KPI)を設定、計測し、PDCAを回しながら成長していく方法を学びます。ステージとしては、プロダクトのローンチ前〜MVP〜アーリーステージが想定されています。
指標を設定・計測する理由は、「思い込みを避け」、「より多くのことを学び」、「顧客が望むこと/望まないことを明確にする」ためです。
主な指標
主に6つのステップに沿って指標を設定していきます。
ステップ | 主な指標 |
1. Universal | LTV, CAC, NPS, Monthly Churn |
2. Engagement | Comments, Shares, Open rate, CTR |
3. Sales process | CAC, Inbound marketing cycle, Conversion rates, Sales cycle, Average deal size, Frequency of purchase |
4. Usage | DAU (Daily Active Users), MAU (Monthly), Conversion rates |
5. Revenue and CF | LTV, ARPU (Average Revenue per User), MRR (Monthly Recurring Revenue), ARR (Annual), Average shopping Cart |
6. Loyalty | Churn, NPS, Oders per Customer, Referral Conversion |
代表的な指標について解説してくれている記事がありましたので、紹介します。
note: 大久保洸平@YJキャピタル
プロダクトのローンチ前後の違い
ローンチ後で重要になるのは、先ほど紹介した6つの指標ですが、ローンチ前ではどのようなことを考えるべきでしょうか。「Customer Discovery」と「Market Research」という2つの観点が重要になります。
観点 | 問い | 指標 |
Customer Discovery | How real is the problem? | Social engagement, Website conversion, Successful interviews |
Market Research | How big is the market? | Demographics |
この授業では、適切な指標を選択し、計測しながら成長していくことを学びました。
2-2. TECH-PRIMER FOR NON-TECH CREATORS
スタートアップに必要な、Technology全般を広く浅く学ぶようなコースです。TECHバックグラウンドではない人向けに、わかりやすく解説してくれます。Period1のテクノロジーの授業をコンパクトに凝縮した内容でした。
2-3. PITCHING BOOTCAMP
ピッチの構成、手法について学ぶ実践的授業です。ピッチの全体像から入ります。
- 流れ:Preparation/Delivery(ピッチ)/ Defense(Q&A)
- 構造:Content/Structure/Design
- 構成:Opening/Main Part/Closing
初期のスタートアップのピッチに含める内容は、まずはこの7つになります。問題が一番最初にきますね。
- 課題(問題)
- 解決策
- 市場規模
- トラクション
- ユニークな洞察
- ビジネスモデル
- チーム
Medium
テクニックはたくさん教えてもらったのですが、一番参考になったものを紹介します。
【10/20/30ルール】:元Appleの投資家であるガイ・カワサキさんが提唱しており、観客を飽きさせないためには10枚のスライド、20分の時間、30ポイント以上の大きさの文字を使えという内容です。
最後にピッチを実演し、フィードバックをもらって授業は終了です。
3. 拡大のための手法
さて、プロダクトを市場に投入し、拡大を目指します。その際にスタートアップ必要な法務的観点と、いかにプロダクトを広く知ってもらうか(バズらせるか)というマーケティング手法を学びます。
3-1. CRITICAL LEGAL INSTRUMENTS
法務の観点から、スタートアップが押さえておくべき内容を学びます。
①Legal Basics:会社の構造や義務、知財保護の必要性
②Legal documents:NDA(秘密保持契約)、Investors Agreement、Shareholders Agreement、LOI(意向表明書)、MOU(基本合意書)などのポイント
③Regulation:法の原則、法的調査など
3-2. GOING VIRAL
SNSマーケティング、特に動画に焦点を当てた授業です。内容は、授業中に暗唱させられた「Software is eating the world」と「Contents is King, Distribution is Queen」に尽きると思いますが、バズる動画の内容、構成を学びました。
次に習った内容を活かし、自分たちのプロジェクトで2つの動画を作る課題がありました。1つは30秒以上のYoutube用動画、もう1つは30秒以下のInstagramまたはTiktok用の動画でした。
4. スケール
スタートアップもどんどん拡大し、ScaleUpのフェーズに入りました。ビジネスプロセスを強化し、マーケットトラクションを増やしながら、ガバナンスや資金調達についても検討していきます。
4-1. RAMPING UP
Ramp upとは「強化する、強める」という意味で、この授業では、ビジネスプロセスをデザインする方法について学びました。同じくビジネスプロセスを扱う「オペレーションズマネジメント」の教授が担当し、スタートアップに焦点を当てた内容でした。
主に3つのプロセスに分けて学びました。
①Operational Process:ビジネスのコアとなるプロセス、価値を提供するプロセスで、顧客からオーダーを取る、製品を組み立てるなどが含まれます。フレームワークを使いながら、分析していきます。
②Management Process:コーポレートガバナンス、予算管理、従業員管理などが含まれます。
③Supporting Process:アカウンティング、採用、コールセンター、技術サポートなどが含まれます。
この授業のポイントは、全てのプロセスを図にして、流れを可視化することです。自分たちのプロジェクトでプロセスフローを作成しました。こうした地道な作業が、スタートアップの「Ramp up(強化)」につながっていくのだろうな、と感じました。
4-2. GENERATING MARKET TRACTION
この授業では、「Market Traction」について学びます。Market Tractionとは、「市場における需要の定量的なエビデンス」と定義されます。例えばWebサイトに何人訪問し、セミナーには何人参加し、クリックはどれだけあり、売上はいくら、という実績です。
この授業では、19個のTractionチャネルの違いを理解し、自分たちに適したチャネルを選び、実行していく手法を学びます。
こうした19個のチャネルを使い分けながら、より多くのTractionを得ていく必要があります。別記事にくわしくまとめたので、こちらからどうぞ。
4-3. NEW COMPANY GOVERNANCE
授業の目的
Bootstrap(自己資金100%)からビジネス(投資家がいる)への移行に必要な内容を学びます。
- 投資家が要求するガバナンスのシステムを理解すること
- ガバナンスシステムが組織の成長に伴ってなぜ必要なのかを理解すること
- ガバナンスシステムを自分たちの起業PJに適用すること
- 投資家を迎え入れたあとの難しい問題に備えること
タイミングとしては、シリーズAの直前を扱いました。
https://hajimeru01.com/posts/7998/
カリキュラム
投資家がスタートアップに求めることは3つですが、この授業では2番目を扱います。
- ビジネスモデル、パッション、スキルなど
- ガバナンス(報告、監督、管理、契約など)
- 金銭的なリターン
具体的には、ガバナンスの概要について触れたあと、シリーズA直前のスタートアップのケーススタディを読み、自分たちだったらどうするか?と考えることで擬似体験をしました。
- スタートアップを継続するのか?やめるのか?
- 創業者間の株の持分、役割分担、コミットメントをどうするのか?
- 資金を提供してくれている親族への返還はどうするのか?
- 投資家との資金調達と契約内容(Term Sheet)はどういった内容にするのか?
こうした内容をディスカッションし、最後に課題として「自分たちのチームが同じ状況(シリーズA)直前だったら、どんな内容を創業者間で取り決めるか=創業者株主間契約の内容」をレポートにまとめました。ここでは、株の持分、議決権、株の売買方法について入れ込みました。これは、婚前契約に似ており、トラブルが起きた際に事前に決めておくことで、スムーズに解決することができます。
4-4. FUNDING YOUR START-UP
こちらもタイミング的にはシリーズAの直前を扱います。具体的には「Financial StatementとValuation」が自分たちで作成できるように実践で学びます(最終課題はその両方を提出)。
Financial Statementは、PL、BS、CFのことであり、自分たちのプロジェクトのテーマで作成します。Valuationについては、Valuationの方法、IRRといった投資家目線での数字の見方を学びます。最後に、投資家との交渉についても学びました。「契約書の内容でわからないことがあったら必ず全部聞いて理解すること」というアドバイスを頂きました。
おわりに
Startup Labを受けて本当によかったです。これはもはや授業ではなく、リアルな実践でした。
IEの目指す姿、ビジョンが込められているのがこのコースであり、とてつもないリソースを割いていることがよくわかりました。
IEの凄さは、SULを選ばなかった人でも、Period1とPeriod2の必修科目で全員アントレについて学んでいることだと思います。
SULが終わったら、すぐにElective Periodが始まり、3ヶ月間かけてVenture Lab、あるいはKnowledge Incubatorで、定期的なメンター面談、ピッチをしながら起業に向けて進めていくという、プログラムが卒業まで続いていきます。ここで何人もが在学中に起業、あるいは起業家ビザを取得すると聞いています。
私は、「インド教育プラットフォーム」から離れ、自ら開発・提供する「ビジネスゲーム」で進めることにしました。卒業まで半年間、IE起業エコシステムのリソースを使いながら、ガンガン進めていきたいと思います。